昔々、フェニキアという国に、ミュラという王女がいました。
ミュラの美しさは有名で、一族の誰かが、
「ミュラはアフロディテよりも美しい」と自慢するほどでした。
しかし、これを聞いたアフロディテは、怒ってミュラに呪いをかけました。
その呪いとは・・・実の父親のキニュラス王に恋をするというものでした。
ミュラは父親を愛するようになってしまい、叶わぬ思いで苦しみ、死さえも考えるようになりました。
ミュラの乳母は、ミュラを生かすために一計を案じて、
他の女に変装させて父親の元へ送り出しました。
しかし、ある晩、キニュラス王にミュラの正体がバレてしまい、
怒ったはキニュラス王は、ミュラを殺そうとします。
必死で逃げるミュラは自分の行いを恥じて、神様に「私の存在をこの世から消してください」と祈ります。
神様はミュラの願いを聞き入れて、ミュラを木の姿にました。
ところが、ミュラのお腹の中には子供がいました。
木の幹の中で子供は育ち、幹が裂けて生まれ落ちたのが、アドニスという男の子です。
そのアドニスを最初に見つけたのが、アフロディテでした。
アフロディテはアドニスがあまりにも美しい赤ん坊だったので
一目で気に入り、アドニスが他の人に取られないよう、どうやって育てるか考えました。
アフロディテはアドニスを箱の中に入れ、冥界の女王ペルセポネに、
「絶対に中をみないで。」と言って預けました。
しかし、ペルセポネは好奇心に負けて箱を開け、中にいた美しい赤ん坊を一目で気に入ってしまいました。
ペルセポネは、アドニスを自分で育てることにしました。
が、アドニスが美しい少年に成長すると、アフロディテが迎えに来ます。
ペルセポネはアドニスを返したくありませんし、
アフロディテは連れて帰りたい・・・・。
Luca Giordano/『Death of Adonis』(1686年)
二人の女神は、アドニスを巡って争いました。見かねたゼウスが仲裁に入り、
「1年の3分の1をアフロディテと過ごし、もう3分の1をペルセポネと過ごす。
残りの3分の1は、アドニスの自由にさせる」
ということで、決着がつきました。
しかし、アドニスは、自分の自由になる月日も、
アフロディテと一緒に過ごすようになりました。
これに嫉妬したペルセポネは、アフロディテの愛人のアレスに、
「あなたの恋人は、たかが人間の男に夢中になっているわよ。」
と、告げ口しました。
怒ったアレスは、イノシシに姿を変えて、
アドニスが狩りをしているところに襲い掛かりました。
アフロディテはかねてから、アドニスが危険な狩りに出かけることをやめさせたがっていましたが、
アドニスは狩りが大好きでした。
イノシシに襲われたアドニスは深手を負って、死んでしまいました。
別の説では、アフロディテとアドニスを快く思っていなかった月の女神アルテミスが
イノシシを差し向けた、という話もあります。アルテミスは狩りを好む処女神で、
潔癖な性格から、二人の女神の間を行き来するアドニスを嫌ったのかもしれませんね。
アフロディテがアドニスの死を嘆いていると、
アドニスの流した血から、赤いアネモネの花が咲いたと言われています。
アネモネは、風が吹くと散ってしまうと言われるほど、はかない花です。
アドニスのはかない一生と、アネモネの花は、まさにそっくりですね。
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